世界はこれまでにもSARS等の数々の感染症を経験してきており、その度に得体の知れない病原体に対する不安や恐怖から生まれた憶測・偏見・デマ等が社会問題となってきた。この度の新型コロナウイルス感染症においても同様に、世界各地で偏見や医学的な根拠のない感染予防法・治療法等に関する誤情報の流布が問題となった。
例えば英国では、「5Gが人々の免疫システムを抑え込む」、「5Gの電波を通してウイルスが拡散している」といった第5世代移動通信システム(5G)が新型コロナウイルス流行に寄与しているとの噂が拡散された結果、携帯電話用の電波塔で放火とみられる不審火が相次いだ。英国政府は2020年4月4日に、5Gと感染拡大の因果関係を否定し、通信インフラ破壊が救急・医療活動に支障を来すと警告した4。
我が国でも数多くの噂がSNS等を通じて拡散されており、例えばファクトチェックの推進・普及を目指すNPO法人であるファクトチェック・イニシアティブが検証し「信憑性が低い」とした情報には、「コロナウイルスは熱に弱く、26〜27度のお湯を飲むと殺菌効果がある」、「新型コロナにビタミンDが効く」等が挙げられており、中には実行した場合人体に危険を及ぼす誤情報も含まれていた5。また、医学的な根拠のない感染予防効果を標榜する健康商品等のインターネット広告も多く出現し、消費者庁は2020年3月10日に緊急的に景品表示法(優良誤認表示)及び健康増進法(食品の虚偽・誇大表示)の観点から改善要請等を行うとともに一般消費者への注意喚起を行った6。
特に2月末頃のトイレットペーパーに関する誤情報は、全国でのトイレットペーパー等の紙製品の買い占め問題にも発展し、ニュースでも取り上げられるなど大きな社会問題となった。LINEリサーチによる調査では、「悪質なフェイクニュース・デマが出回っている」と感じる割合が2月19日と比較して、このデマが出回った後の3月2日時点では約40ポイント増加している(図表2-3-1-2)。
ただしこの一連の騒動に関しては、情報拡散の経緯等の分析結果から、トイレットペーパーの買い占めは必ずしも虚偽情報を信じたために起きたわけではないことが指摘されている。日本経済新聞等の分析によると8、騒動の発端とされたのは2月27日午前10時過ぎに投稿された「新型コロナの影響で中国から輸入できず、品切れになる」との投稿であるものの、この投稿そのものは全く拡散していないことが判明したという。しかし同日午後2時ごろから「デマを否定する投稿」が急増し、夕方以降にニュースサイトや民放番組も取り上げ始めた結果、翌28日にはデマを否定する累計リツイート数は30万を突破した。日経POSが示した全国のスーパーの販売状況では、デマ否定投稿の急増と同時にトイレットペーパーの品不足が進んだ様子が現れており、デマを否定する投稿を見た人々が、噂はデマだと認識したうえで「そんな噂があるなら実際に品不足になるかもしれない」と連想して買い占めに走ったことが騒動の要因になったのではないかと結論付けられている。
一方で、SNSを活用したポジティブな情報発信も活発に行われた。海外においては、2月下旬にベトナムの保健省が新型コロナウイルス感染症予防のための手洗いを呼び掛ける替え歌とアニメーション動画を、地元の人気歌手グループと共同制作し公開した。親しみやすい歌により人気を集め、TikTok上でこの歌を用いた市民によるダンスチャレンジが流行した。さらにこれが米国のテレビ番組でも取り上げられたことで世界的に拡散され、その後、様々な曲に合わせた手洗い啓発動画が各地で制作されSNSを通じて公開された。我が国でも芸能人らによる手洗い動画が数多く発信されている。また、Instagramを中心に「#IStayHomeFor」(私は○○のために家にいる)等のハッシュタグが流行するなどし、外出自粛を啓発するメッセージが市民から発信、拡散された。
4 共同通信(2020.04.05)「5Gでコロナ拡大」英国で流布 政府が因果関係否定」
5 ファクトチェック・イニシアティブ新型コロナウイルス特設サイト(https://fij.info/coronavirus-feature)
6 消費者庁(2020.3.10)「新型コロナウイルスに対する予防効果を標ぼうする商品の表示に関する改善要請等及び一般消費者への注意喚起について」(https://www.caa.go.jp/notice/entry/019228/)
7 集計ベース=新型コロナウイルス感染症について知っている人。複数回答。※の項目は3/2調査で追加 2/19調査では実施なし https://www.linebiz.com/jp/column/research/corona-virus3/
8 日本経済新聞(2020.04.05)「「デマ退治」が不安増幅 買い占め騒動ツイッター分析」