デジタルデータの活用が企業経営に対して効果があることは、複数の先行研究で明らかにされている(図表3-2-1-12)。例えばNiebel, Rasel and Viete (2018)3は、製造業及びサービス業において、ビッグデータを活用している企業はそうでない企業に比べて、イノベーションの創出が統計学的に有意な差で多いとしている。また、Brynjolfsson and McElheran(2019)4は、米国の製造業において、データ駆動型意思決定とデータ分析の採用により生産性が向上するとしている。さらに、Bakhshi, Bravo-Biosca, Mateos-Garcia(2014)5は、英国企業への調査から、オンラインデータの使用が大きくなると、全要素生産性(TFP)が高くなり、またオンラインデータ使用の進展度が高い企業は、他の条件が同じなら、生産性が高くなるとしている。また、オンラインデータ使用の影響が、従業員の自律性のレベルが高い企業及びビジネスプロセスを変革させることを躊躇しない企業においてより強いことや、データへの投資は組織の変更を伴うことで多くの利益を生み出すことも明らかにしている。
これらの先行研究からは、データの活用が企業活動によい影響をもたらすこと、また、企業におけるICTの導入に伴う人材や組織改革などがその影響をより強めることが示唆されるが、日本企業ではこのような効果は現れているのだろうか。
各領域でデータを活用することによる効果があったか、との設問に対しては、いずれの領域でも半数を超える企業が、効果があった(「多少効果があった」又は「非常に効果があった」)としている(図表3-2-1-13)。特に、「生産・製造」、「物流、在庫管理」、「保守・メンテナンス・サポート」領域がやや高い割合となっている。
また、各領域でデータを活用している企業の割合とデータの活用で効果があったと回答した企業の割合から、データ活用企業のうちデータ活用で効果があったと回答した企業の割合(効果の達成率)を計算すると、「生産・製造」の達成率が最も高く(67%)、次いで「物流・在庫管理」(65%)となった(図表3-2-1-14)。このことから、これらの領域ではデータを活用した効率化や最適化の取組が効果として現れやすいと考えられる。
さらに、データを活用することによる具体的な変化・影響を尋ねた設問では、「業務効率の向上」という割合が最も高く、「意思決定の向上」、「マーケティング力の向上」などが多くの回答者に挙げられていた(図表3-2-1-15)。特に製造業では「生産プロセスの高度化」や「在庫管理の向上」が比較的高くなっている。
各事業領域においてデータを活用することによる効果があったかどうかを被説明変数とし、ICTの活用度合(利用している機器やネットワーク環境などの種類)やデータの活用度合(データ分析に活用するソフトウェア・ハードウェア、データの分析手法や体制、頻度など)、ICT活用に伴うDX(業務慣行の改善や職場組織に関する取組など)やデータ活用に伴うDX(データに基づく経営の導入状況)を説明変数とし、回帰分析を行ったところ、全ての領域においてデータの活用度合の係数が統計的に有意であり、各領域で効果を得るためにはデータの活用を高度化することが有効であることがうかがえた(図表3-2-1-16)。また、「経営企画・組織改革」、「製品・サービスの企画、開発」、「マーケティング」の領域においては、データ活用に伴うDXに取り組んでいる企業は、他の条件が一定であればそれ以外の企業に比べて効果を上げていると言える。
上記の分析結果から、データの活用やデータに基づく経営に向けた取組は、企業の各事業領域において効果を上げていることが分かった。具体的に各企業はどのような取組を進めているのか3つの事例を紹介する。
住友商事では、グループ全体におけるICTやデジタル技術活用及びデジタル・トランスフォーメーションの推進を目的とした取組を進めている。主にIoTやAI関連の最先端技術を活用し、各種ビジネスの競争力強化とイノベーション創出を図り、グループの事業価値向上・収益基盤拡充を図ることが狙いであるが、日本国内のみならず、ASEAN等海外工場でも人員確保が困難になりつつあり、労働力不足が喫緊の課題となっていることから、自動化も視野に入れた更なる生産性向上を目指した取組を実施している。
具体的な取組の一つとして、グループ会社の住友商事グローバルメタルズでは、国内外の工場における設備の稼働状況や従業員の業務状況についてIoTやAIを活用したデータ計測・入力作業を実施し、これらの状況の「見える化」を通じた生産性の向上や経営判断への活用を目指している。当該取組に当たっては、外部委託をした場合、計測するデータの定義付け等に係る作業が膨らむ一方で思うような結果につながらないこともあることから、自社内の組織や人員を活用して取り組んでいる。この取組を通じた3年程度のデータ収集・蓄積の継続により、計測すべきデータの仕様のノウハウの蓄積ができたという。
住友商事では今後、工場での有線敷設・管理に係るコスト削減等を目的としたケーブルレス化や、一度にやりとりできるデータ量や遅延等によってこれまで制約されていたデータ計測頻度を高めること、カメラ映像の解析情報という付加情報を分析に活用することを目的に、グループ全体でローカル5Gの導入及び監視カメラ映像の解析等を進めることを計画している。
またこのようなデータを活用した取組は地方の企業でも実施されている。
岡山県を中心にスーパーを展開するマルイは、かつては経験則を元に発注量を設定しており、商品の売り切れによる販売機会の損失が発生していた6。欠品防止の必要性や、今後顧客ニーズが多様化し、取り扱う商品が多品種少量展開に向かった場合に人の感覚による発注では対応しきれなくなるという懸念を感じていた。
そこで同社は、2017年にデータの抽出や分析等をするためのBIツールを用いて、店舗の売り上げや在庫情報、カード会員情報、電子マネーの利用率など、様々なデータを一元管理できるプラットフォームを構築した。これを活用し、店舗の販売データから商品ごとの売れ行きをリアルタイムに把握したり、競合対策のマーケティング施策をデータに基づき素早く実施したりするような体制を構築した。2018年には、スーパーの肉売り場の映像と各店舗のリアルタイムな商品の販売データが表示される「ミニプロセスセンター」を4店舗で導入し、従業員が大型のディスプレーを確認しながら作業を進めることができるようにした。また、これらの取組の導入に並行して、全ての店舗の店長にタブレット端末を配布するとともに、教育専門部隊を設置し、実際にデータを見ながら施策や競合対策を検討・実行させるトレーニングを実施することで、早期にデータに基づく施策を打てる体制作りを進めている。
こうした取組もあって販売機会の損失は減少し、店舗によっては精肉商品の売り上げが2割近く増加し、粗利率も4店舗平均で7〜8%向上している。
また、デジタルデータの活用の必要性が高まっていることを受け、工場内にある製造設備等の稼働データの見える化を簡単に実現してデータ活用促進を支援するサービスも登場している。
製造業向けIoTサービス「OMNIedge(オムニエッジ)」は、THK・NTTドコモ・シスコシステムズ・伊藤忠テクノソリューションズによって開発され、2019年12月から提供されている7。このサービスを利用し、工場内の工作機器などの部品にセンサーを後づけで装着することにより、機器の破損や潤滑状況を把握することができるようになるほか、各データがドコモのLTE回線を通じて収集・解析されることで予兆の検知も可能となる(図表3-2-1-17)。このサービスは、無償トライアルの際には106件の依頼があり、現在は精密機器メーカー、自動車部品メーカー、食品加工メーカー等で導入済となっている。
今後、収集可能な対象データの拡大や機器間のさらなる連携を可能にすることで、設備全体の状態把握ができることを目指しており、また情報のやり取りにおいて用いる回線についても、今後は5Gを利用することを視野に入れているという。
3 Thomas Niebel, Fabienne Rasel and Steffen Viete (2018)“BIG data ? BIG gains? Understanding the link between big data analytics and innovation”
4 Erik Brynjolfsson, Kristina McElheran (2019) “Data in Action:Data-Driven Decision Making and Predictive Analytics in U.S. Manufacturing”
5 Hasan Bakhshi,Albert Bravo-Biosca,Juan Mateos-Garcia (2014) “The Analytical Firm:Estimating the effect of data and online analytics on firm performance”
6 日経クロストレンド(2018.12.17)「地方スーパー驚異のデータ経営 在庫適正化で肉商品の売上2割増」(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/00120/)
7 THK「OMNIedge 製造業向けIoTサービス」(https://www.thk.com/omniedge/jp/)