総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和2年版 > 東京2020大会のICTに関する取組
第1部 5G が促すデジタル変革と新たな日常の構築
第2節 2020年に向けたデジタル化の動き

(2)東京2020大会のICTに関する取組

上述したように、東京2020大会を1つの契機として構築するICTを活用したソリューションを後世に残し、スタンダードにしていくことが検討されている。これらを参考に東京2020大会に向けた取組をまとめると、経済・社会の基盤としての「ICTインフラ」と、そのインフラを活用して実装される「ICT利活用サービス」の2つに大別させることができるだろう(図表2-2-2-2)。

図表2-2-2-2 東京2020大会のICTに関する取組
(出典)総務省(2020)「社会全体のICT化に関する調査研究」
ア ICTインフラ

我が国では、国内の居住エリアの大部分で(人口カバー率99.99%)携帯電話サービスが利用できるようになっており(第1章第1節参照)8、これまでも経済・社会活動の基盤としてICTインフラの整備が進められてきた。2020年に向けてはさらに、これまで訪日外国人旅行者にとって不足していた「無料公衆無線LAN」の整備や、今春我が国でも商用サービスが開始された「5G」の普及、スポーツやエンターテインメントを高精細画像で楽しむことができる4K8K技術の展開、またそれらを安全に利用するための「サイバーセキュリティ」の確保が検討・推進されている。(5Gとサイバーセキュリティについてはそれぞれ第1章及び第2章第4節第3章第4節で詳述。)

例えば、ICTインフラの基盤としての無料公衆無線LAN環境の整備は、インバウンド観光の活性化のために重要なインフラであるが、訪日外国人旅行者にとってだけでなく国民にとっても、我が国で度々発生する緊急災害時における情報受発信の基盤として重要である。

この無料公衆無線LAN環境について、2015年度には最も多くの訪日外国人旅行者が旅行中に困ったこととして挙げられていた(46.6%)が、総務省において2021年度までに防災拠点約3万カ所を目標としてWi-Fi環境の整備を進めている9こともあり、2019年にはその割合が11.0%まで低下するなど、改善傾向にある(図表2-2-2-3)。

図表2-2-2-3 訪日外国人旅行者が旅行中に困ったこと(無料公衆無線LAN環境)
(出典)観光庁(各年)「訪日外国人旅行者の国内における受入整備に関するアンケート結果」を基に作成
イ ICTサービス

これまでに整備してきたICTインフラを基礎として、各分野でより快適で利便性の高いICTサービスや、まったく新しいビジネスや体験が実現可能となる。

(ア)働き方

東京2020大会では大会期間中の混雑が課題視されているが、2012年のロンドン大会では、企業のテレワークや時差出勤、休暇の取得等によって大会開催時の交通混雑がほとんど起こらなかったと言われている。ロンドンでは当時、公共交通機関の利用者が通常の2500万人から大会期間中には3320万人まで増加するといわれていたが、大会2年前からの企業への情報提供や対策支援、1年前からの一般市民に対する大規模な情報提供により大会の混雑低減に成功した。実際にロンドン交通局のアンケートによって、ロンドン市内の8割以上の企業がテレワーク制度を導入したことがわかっている。また、大会の影響を受けるエリアにある企業の約半数が社員に対して働き方や通勤ルートの変更を奨励したことも効果につながった。

テレワークは大会期間中における交通混雑回避の側面からだけではなく、会社への通勤の必要性をなくし、地方に居住しながら個人のニーズに柔軟に対応した働き方を可能にすることから、我が国においても新たな働き方として定着するよう「テレワーク・デイズ」10の実施など様々な施策が行われている。

その他、ロボットやアバター、パワーアシストスーツの導入などにより、場所を選ばない就労や作業負荷の軽減を実現することも可能になってきている。例えば、人工知能(AI)を搭載した自律型ロボットではなく、人が遠隔で操作するアバターロボットがあるが、障害、出産、子育て、介護などにより通勤が困難な人に距離を超えた就労機会を提供するものとして近年注目されている(図表2-2-2-4)。

図表2-2-2-4 汎用型アバターロボット事例
(出典)各種報道資料より総務省作成

日本航空のJETをはじめ、増加する訪日外国人旅行者のスムーズな案内対応を目的として空港や駅での案内業務にアバターロボットが導入されるケースが増えてきており、労働力不足の解消にもつながるこうした新たなICTの今後の利活用場面の増加が期待される。

(イ)コミュニケーション、防災

訪日外国人旅行者が増加する一方で、受け入れにあたって問題となっているのが「言語の壁」である。観光庁の調べ15によると、訪日客が旅行中に困ったこととして、「施設等のスタッフとのコミュニケーションがとれない」ことが17.0%となっており、「多言語表示の少なさ・わかりにくさ(観光案内板・地図等)」についても11.1%となっている。2019年に開催されたラグビーワールドカップ2019(以下「RWC2019」という。)では大会出場国からの9月、10月の訪日外国人旅行者数は、前年同期と比べて17万4千人増加しており16、東京2020大会でも同様に多くの訪日客が予想されている。そこで、世界の言語の壁をなくしグローバルで自由な交流を実現する社会をショーケースとして世界に発信することを目指し、デジタル技術の導入による言語のバリアフリー化の取組が進められている。

多言語音声翻訳についてはここ数年AIのディープラーニング(深層学習)の向上によって、精度の高い翻訳が可能となり、より実用的なコミュニケーションができるようになっている。総務省とNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)は、オール・ジャパン体制で翻訳データを集積して活用する「翻訳バンク」の運用を行っているが、これにより、これまで翻訳データが不足していた分野における翻訳データについても集積が可能となっている。例えば医療の分野においては、外国人傷病者の増加(図表2-2-2-5)に伴って「救急ボイストラ」の導入が全国の消防本部にて進んでおり、2020年1月1日時点で、726本部中507本部(69.8%)が使用している17図表2-2-2-6)。

図表2-2-2-5 外国人傷病者搬送人員
(出典)総務省消防庁(2020)「救急ボイストラ〜救急隊用多言語音声翻訳アプリの紹介〜」を基に総務省作成
「図表2-2-2-5 外国人傷病者搬送人員」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら
図表2-2-2-6 救急ボイストラの使用実績
(出典)総務省消防庁(2020)「救急ボイストラ〜救急隊用多言語音声翻訳アプリの紹介〜」を基に総務省作成
「図表2-2-2-6 救急ボイストラの使用実績」のExcelはこちらEXCEL / CSVはこちら

東京2020大会に向けて12の言語18について実用レベルでの翻訳精度の実現を目指しており、観光、交通機関、医療、買い物といったありとあらゆる場面で言語の壁を感じることなくスムーズなコミュニケーションが可能になるだろう。

また、こうした多言語対応は、災害時の情報提供の場面においても重要となる。近年ではデジタルサイネージを活用した災害時の情報の一斉送信や、スマートフォン等と連携し個人の属性に応じた情報提供が進められており、訪日外国人はもちろん、日本人にとっても安心・安全を提供する仕組みが整ってきた。

デジタルサイネージについては、これまで製品・サービス毎に互換性がなかったが、2015年度にデジタルサイネージ標準システム互換運用ガイドラインが策定され、2018年8月には当該ガイドラインが国際標準として有効化された19ことを受け、近年活用の幅が広がっている。

(ウ)交通、観光

東京2020大会開催時には高速道路や鉄道の混雑が想定されており、テレワークやTDM20等の施策実施により混雑回避を目指しているが、他方で、公共交通分野の情報のオープン化により公共交通機関の運行情報をリアルタイムで提供し、ユーザの行動支援サービスを実現するMaaSの社会実装の取組も、鉄道会社や自動車会社等が中心となって進められている21

また、スムーズな観光の実現のため、空港等で顔認証をはじめとする生体認証システムの導入が進んでいる(図表2-2-2-7)。

図表2-2-2-7 顔認証ゲート導入空港一覧(2019年度)
(出典)法務省出入国在留管理庁HP22

RWC2019でも、RWCとしては初めて顔認証による本人確認が導入され、東京スタジアムと横浜国際総合競技場の2会場にて、メディア関係者約1万人を対象に実施されている。開会式と閉幕試合の取材で東京スタジアムを訪れたメディア関係者は約2300人で、ピーク時には1時間に500人にのぼったが、顔認証による入場を巡るトラブルは発生しなかったという。

東京2020大会においても競技大会会場での顔認証システム導入が予定されており、選手・スタッフ・ボランティアなど大会関係者約30万人を対象に43競技会場、選手村、IBC(国際放送センター)、MPC(メインプレスセンター)等にて、顔とIDを組み合わせた顔認証システムを運用する予定となっている。全ての会場で自動認証する技術採用はオリンピック・パラリンピック競技大会で史上初となる(図表2-2-2-8)。

図表2-2-2-8 東京2020大会で採用される顔認証システム
(出典)NEC

顔認証の導入によって、IDカードの貸し借りや盗難によるなりすまし入場、IDカード偽装による不正入場の防止が可能になるほか、入場ゲートでの人手による本人確認作業の負荷の軽減が図れ、確認者による本人確認の間違いや混雑発生も防ぐことができる。

さらに、東京2020大会後はエンターテインメント分野をはじめとしたさまざまな入退場の管理が必要な場面において、本技術の活用が期待できる。

(エ)エンタメ・放送

1964年東京大会では、当時新たに開発されたスローモーション技術により、競技の様子がこれまでにない見せ方によって紹介され、2019年のRWC2019でも自由視点映像生成システムが大きな注目を浴びた。

2020年に向けては、4K・8Kの高精細映像による臨場感ある放送の実現や、放送コンテンツの海外展開の一層の拡充により、世界各国で我が国のコンテンツが日常的に視聴される社会の実現を目指すとともに、観光需要の増加や地域産品の販路開拓等の様々な分野への波及効果の拡大を目指している。

4K・8Kについては超高精細技術や放送関連分野のみならず、広告・ODS(ライブイベントの中継などの非映画コンテンツ)、医療、映画、教育、学術などの幅広い分野への応用も期待されている。東京2020大会開催時には、競技大会が4K・8Kで中継放送される予定となっており、家庭用テレビや、全国各地に設置予定のパブリックビューイングで視聴が可能となる。2025年までにはさらに多様な実用放送の実現が期待されている。

また、放送コンテンツの海外展開は、映像による不特定多数に向けた分かりやすい発信につながり、相手国民への浸透度や影響力の大きさという点で大きな経済波及効果が期待できることから、単なる放送コンテンツの輸出にとどまらず、国家戦略である「クール・ジャパン戦略」・「ビジット・ジャパン戦略」・「地方の創生」に貢献し、「外国人観光客の誘致」や「地域活性化への貢献」、「日本語・日本文化の普及」といった様々な分野への波及効果につながることが期待される。関係省庁(総務省・外務省・農林水産省・経済産業省・観光庁)が密接に連携し、官民一体となって、放送コンテンツの戦略的な海外展開を促進している。

その他、スポーツの見せ方における技術も進化している。例えばNTTは超高臨場感通信技術をはじめとして、動くディスプレイロボットや音や触覚など視覚に頼らないインクルーシブな体感など、同社が持つ最先端技術を活用したスポーツ観戦の再創造に取り組んでいる。その内の一つに超高臨場感通信技術Kirari! がある。実際に試合をしている選手を背景映像や音響など空間をまるごと抽出して転送することで、離れた場所にいてもあたかも目の前で選手がプレーしているかのような高い臨場感を体験できる技術で、図表2-2-2-9はKirari!の代表技術である“任意背景リアルタイム被写体抽出技術”である。

図表2-2-2-9 任意背景リアルタイム被写体抽出技術23
(出典)NTTグループ

その他にもボールや人の軌跡を複数のカメラによって追跡するシステムや、フェンシング等の素早い動きをAIによる画像認識によって可視化する技術や、5Gによるリアルタイムで臨場感ある映像や選手情報の配信等の新たな技術・サービスが導入予定となっている。

(オ)エネルギー

東京2020大会で使用予定の選手村では、大会終了後には商業施設や小中学校、公園など生活に必要な施設を全て備えた5632戸の住宅地になる予定となっている。この東京都主導のもと進められてきたHARUMI FLAGプロジェクトでは、マンションディベロッパーなど11社が構成する「特定建築者」と、東京ガスやパナソニック、JXTGエネルギー株式会社などの「エネルギー事業者」、それに建築コンサルティング会社や設計・施行会社、スマートシティ運営の知見を持つICT企業も参画し、オリンピック・パラリンピックのレガシーとして将来にどのような街を残せるか、官民が連携して再開発計画を構築してきた。さらに水素社会の姿を見せるショーケースとしての側面を示すことも目的とされており、2022年(予定)には新たに新橋まで整備される道路(環状第2号線)に面した場所に水素ステーションを整備し、バス高速輸送システム(BRT)や燃料電池車に水素を供給するとともに、地下のパイプラインを経由して各街区に設置される純水素型燃料電池に供給する計画となっている。

その他、街全体のエネルギー消費管理のために導入されるエネルギーマネジメントシステムAEMSは、街全体から集まる各種のデータを集約し、AIによる需要予測や消費電力の見える化を実現する(図表2-2-2-10図表2-2-2-11)。

図表2-2-2-10 HARUMI AI-AEMS
(出典)HARUMI FLAG AI-AEMSに関するニュースリリース24
図表2-2-2-11 AIによる電力供給予測
(出典)HARUMI FLAG AI-AEMSに関するニュースリリース

また、蓄電池や非常用発電機、燃料電池(PEFC)から共用部特定設備に電源を供給できるよう、蓄電池に一定の電力を残しておけるようにすることで、災害時のライフラインの確保にも利用される想定となっている。

(カ)決済

A 世界のキャッシュレス状況

ICTの進展とスマートフォンの普及により、世界的にキャッシュレス化が進展しているが、近年特にスマートフォンのアプリを用いたモバイル決済の進展が目覚ましい。

各国のキャッシュレス動向を比較すると、2017年時点で主要各国でのキャッシュレス決済比率は40%〜60%台となっている一方で、我が国は約20%にとどまっている(図表2-2-2-12)。

図表2-2-2-12 各国のキャッシュレス比率比較(2017年)
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス・ロードマップ2020」

政府は「『日本再興戦略』改訂2014」においてキャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を掲げ、さらに「未来投資戦略2017」にてKPI25として2027年までにキャッシュレス決済比率を4割程度まで引き上げることを目指すとした26。また、2019年(令和元年)6月に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」では、前倒しして2025年(令和7年)6月末までにキャッシュレス決済比率を倍増し4割程度とすることを目指すこととしている。

B キャッシュレス決済の手段とパターン

キャッシュレスの決済手段には大きく分けて「プリペイド(前払い)」「リアルタイムペイ(即時払い)」「ポストペイ(後払い)」の3種類がある。プリペイドは交通系等の電子マネーで主に使われており、リアルタイムペイはデビットカードや、QRコードやNFCを用いたモバイルウォレットで主に使われている。またポストペイはクレジットカードが代表的である(図表2-2-2-13)。

図表2-2-2-13 キャッシュレス決済手段
(出典)経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」

決済パターンにはカードリーダーにカードを差し込む接触型と、タッチ式の非接触型、QRやバーコードを読み込んで決済を行うコード型があるが、コード型はスマートフォンの登場と普及により中国をはじめとして我が国でも近年急速に利用が拡大している(図表2-2-2-14)。

図表2-2-2-14 キャッシュレス決済パターン
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2019)「キャッシュレス・ロードマップ2019」

各国の歴史や環境の違いにより、主流となる決済手段は異なるが、現在、世界で広がっている決済方法のひとつにNFC(「ISO/IEC 14443 TypeA/B」と呼ばれる規格に基づく)によるタッチ決済がある。タッチ決済は各主要国際ブランドが対応しており、その一つのVisaによると27、すでにVisaのタッチ決済は世界の約200の国と地域で利用でき、国内対面取引に占める割合が2/3を超えている国は10カ国、さらに、1/3を超えている国も30カ国に上る。欧米においては、英国、スペイン、イタリア、カナダなど、アジアにおいては、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、台湾などは対面取引の約5割をタッチ決済が占めており、2020年には世界で発行されている約半数のカードが、タッチ決済に対応することが予想されている。さらに、主要先進国においては、クレジットカードやデビットカード等のタッチ決済でそのまま乗降可能な公共交通機関も拡大しており、公共交通機関におけるアカウントベースの発券を可能にする動きは、ABT(Account Based Ticketing:口座連動チケット)と呼ばれ、新たに交通手段利用のためのカードを保有する必要がなく、既存のクレジットカードやデビットカードが利用できる点で利用が拡大している。

C 我が国のキャッシュレスの動向

我が国では1960年代にクレジットカードが導入されて以降、キャッシュレス決済の主流はクレジットカードであるが、2000年代にNFCの規格の一つであるFeliCaが交通系や流通系の電子マネーに採用され、幅広く利用されるようになっている。2000年代にはFeliCaチップを搭載したおサイフケータイが登場したが、FeliCa方式を活用したキャッシュレス決済の利用は主に日本国内に限定されていた。2010年代後半からは中国のAlipayやWeChat Payの国内展開をきっかけとして、スマートフォンによるコード決済の利用が拡大している(図表2-2-2-15)。

図表2-2-2-15 我が国におけるキャッシュレス決済の歴史
(出典)各種公表資料より総務省作成

国内のモバイル決済市場においては、金融以外の業種から2019年までに数多くの新たな決済事業者が参入したが、2020年以降は徐々に統廃合の動きが出てきている。他方でコード決済事業者の多様化により、店舗側の導入コストの増加や利用者側の利便性の低下が懸念されており、総務省は経済産業省と連携して多様化するQRコード規格を統一する統一QRコード・バーコード「JPQR」の普及事業を行っている28。6月5日時点で参加予定決済サービスは17社となっており、同月22日からは導入店舗の申し込み受付が開始されたが、JPQRの普及により店舗側の導入コストの減少やユーザにとってのQR・バーコード決済の利便性向上が図れることから、各社決済サービスにおける相乗効果により市場の拡大が見込まれている。

D キャッシュレス決済が普及しにくい背景

一方で、我が国でこれまでキャッシュレス決済が普及してこなかった理由としては社会的な背景があると考えられる。例えば①盗難の少なさや、現金を落としても返ってくると言われる「治安の良さ」、②きれいな紙幣が流通していることや偽札の流通が少ないことによる、「現金に対する高い信頼」、③店舗等の「POS(レジ)の処理が高速かつ正確」であり、店頭での現金取扱いの煩雑さが少ない、④ATMの利便性が高く「現金の入手が容易」であることが挙げられる29

また店舗等でのキャッシュレス決済のための端末導入コストや、運用・維持コスト、支払後の資金化までのタイムラグによる資金繰り等の問題から導入に至ってこなかったという背景もあるだろう(図表2-2-2-16)。

図表2-2-2-16 キャッシュレス支払(クレジットカード)を導入しない理由
(出典)経済産業省(2017)「観光地におけるキャッシュレス決済の普及状況に関する実態調査」30

しかし、現金決済インフラ維持のためのコストは、印刷、輸送、店頭設備、ATM費用、人件費といった直接のコストだけでも年間約1兆円を超えると試算されており31、社会全体の効率化や人口減少による店舗における人手不足解消手段としての側面からも現金コスト削減のニーズが高まっている。

E キャッシュレス・ポイント還元事業によるキャッシュレス化の進展

我が国のキャッシュレスの割合は、2019年10月の消費増税に伴ってキャッシュレス決済へのポイント還元も行われたことで増加傾向にある。一般社団法人キャッシュレス推進協議会の調査32によると、ポイント還元事業をきっかけにキャッシュレスを始めた又は支払手段を増やした人は4割以上となっており(図表2-2-2-17)、利用頻度についても特にQRコード/バーコード決済の利用が、ポイント還元事業開始前と比較して増加している(図表2-2-2-18)。

図表2-2-2-17 還元事業による支払手段の変化 年代別
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス調査」33
図表2-2-2-18 還元事業によるキャッシュレス利用頻度 時系列比較 決済手段別
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス調査」

また店舗においても、還元事業参加店舗の約7割が還元事業をきっかけにキャッシュレスを導入した又は支払手段を増やしたと回答している(図表2-2-2-19)。

図表2-2-2-19 還元事業によるキャッシュレス導入 地域区分別
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス調査」

F キャッシュレス社会の実現に向けて

キャッシュレス推進のためには、キャッシュレス支払が使える場所(実店舗等)とキャッシュレス支払手段の利用者(消費者等)双方が拡大する必要がある。諸外国では支払サービスを国の競争力の源泉と捉え、特に競争環境やインフラ面について政府が主導して整備を行っており、我が国においても先に挙げたボトルネックの解消に向けて、官民が連携してキャッシュレス社会の実現に向けた環境整備を行っている。

インバウンドの取り込みにおいては、総務省と関係省庁、関係企業が、訪日外国人による交通系ICカードを含む電子マネーやモバイル決済の利用実態を把握・分析し、必要な環境整備について関係者へ提案するなど連携して取組を進めるとともに、特に地方への拡大も視野にキャッシュレスを進めることによるメリットの普及啓発等を行ってきた。また、訪日外国人客及び受け入れ側の加盟店の双方が容易に、かつ低廉に決済手段を利用することができるよう、Wi-Fi等の通信環境の整備も行っている。

こうした関連システムの普及やキャッシュレス決済利用者の増加に伴い、店舗の無人化が加速していくことが予想されており、今後、管理制度の向上、セキュリティ性の実証などが進められることで、2025年には全国のコンビニエンスストア、スーパーマーケット、ドラッグストア、ホームセンターの約9万店舗のうち、10〜20%程度は夜間・昼間における無人化が可能になると考えられる。消費者においても大金や小銭の管理が不要となり、手ぶらで買い物をすることも可能になる。また、購入履歴がデジタル化されることで、その管理が容易になるといったメリットもある。

さらにキャッシュレス化は現金コスト削減だけでなく、新たなイノベーションの創出にもつながる。例えば個人の購買情報を分析・利活用することにより、高度なマーケティングやターゲット層向けの商品・サービスの開発が可能となるだろう。また、訪日外国人旅行者や日本人の消費者の利便性向上とともに、生産性向上や働き方改革の観点からも、我が国が世界から取り残されないよう、キャッシュレス化の普及を加速していく必要がある34



8 総務省(2019)「携帯電話の基地局整備の在り方に関する研究会」報告書(https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000188952別ウィンドウで開きます

9 総務省(2020)「防災等に資するWi−Fi環境の整備計画」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000669467.pdfPDF

10 東京2020大会の開会式が予定されていた7月24日を「テレワーク・デイ」と位置づけ、全国的な働き方改革の推進と大会期間中の交通混雑緩和に寄与するため、企業等による全国一斉のテレワーク実施を呼びかけているもの。

11 https://www.anahd.co.jp/group/pr/202004/20200401-2.html別ウィンドウで開きます

12 https://press.jal.co.jp/ja/release/201904/005148.html別ウィンドウで開きます

13 https://orylab.com別ウィンドウで開きます

14 https://mirarobotics.io別ウィンドウで開きます

15 観光庁(2020)「令和元年度『訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート』調査結果」

16 日本政府観光局(2019.11.20)「訪日外客数(2019 年 10 月推計値)」 https://www.jnto.go.jp/jpn/news/press_releases/pdf/191120_monthly.pdfPDF

17 総務省消防庁HP 「外国人・障害者に円滑に対応するための取組」 https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/gaikokujin_syougaisya_torikumi/torikumi.html別ウィンドウで開きます

18 日本語、英語、中国語、韓国語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語、フランス語、スペイン語、ブラジルポルトガル語、フィリピン語

19 https://www.soumu.go.jp/main_content/000649712.pdfPDF

20 交通需要マネジメントのことで、自動車の効率的利用や公共交通への利用転換などによる道路交通の混雑緩和や、鉄道などの公共交通も含めた交通需要調整をする取組をいう。

21 TOYOTA NTT https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2020/040702/別ウィンドウで開きます
JR東日本 https://www.jreast.co.jp/press/2018/20190314.pdfPDF

22 http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri07_00168.html別ウィンドウで開きます

23 NTTグループ「超高臨場感を世界の人々へKirari!」(https://www.ntt.co.jp/activity/jp/innovation/kirari/別ウィンドウで開きます

24 HARUMI AI-AEMS(https://www.mfr.co.jp/content/dam/mfrcojp/company/news/2019/1010_01.pdfPDF

25 Key Performance Indicatorの略。重要な評価指標

26 分子は2017年のクレジットカード及び電子マネーによる決済額の合計。分母は2017年の民間最終消費支出(名目値、2次速報値)(内閣官房(2018)「未来投資戦略2018」)

27 https://www.paymentsjapan.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/05/acf775c2e5be616a595a62fae66422e8.pdfPDF

28 JPQR HP(https://jpqr-start.jpPDF

29 経済産業省(2018)「キャッシュレス・ビジョン」(https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180411002_01.pdfPDF

30 https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000162.pdfPDF

31 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/cashless/image_pdf_movie/about_cashless.pdfPDF

32 消費者向け調査時期:【ポイント還元事業開始前】2019年8月30日〜9月24日、【ポイント還元事業期間中】2019年11月15日〜12月2日
店舗向け調査時期:【ポイント還元事業前】2019年9月20日〜9月22日、【ポイント還元事業期間中】2019年11月20日〜11月23日(https://cashless.go.jp/assets/doc/200110_questionnaire_report.pdfPDF

33 一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス調査」(https://cashless.go.jp/assets/doc/200110_questionnaire_report.pdfPDF

34 https://www.soumu.go.jp/main_content/000560406.pdfPDF

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