総務省トップ > 政策 > 白書 > 令和2年版 > ICT産業におけるエコシステムの変遷(2000年以降)
第1部 5Gが促すデジタル変革と新たな日常の構築
第4節 5Gが変えるICT産業の構造

(1)ICT産業におけるエコシステムの変遷(2000年以降)

ア 2000年代のエコシステム:インターネットの潮流と3Gの普及

2000年代は、インターネット上に新しいビジネスが登場し、情報通信産業の大きな構造転換の幕開けでの時代であった。例えば、パソコンで電子商取引サイトやコンテンツ配信サイトといったインターネットの各種サービスを利用する場合、パソコンを自ら購入し、通信事業者と契約してインターネットに接続しサイトを閲覧、購入したい商品やコンテンツを選択、クレジットカード決済や代金引換で商品を購入するという流れであり、パソコンの製造・販売、通信事業者、電子商取引サイトはそれぞれ関連なく行われるケースが主であった。そのため、インターネット上での認証・決済や、セキュリティの確保等の様々な関連サービスも新規ビジネスとして提供されるようになった。また、この頃にはインターネット上でのコンテンツ配信も新たなビジネスとして登場し、楽天やAmazonに代表される電子商取引の黎明期でもあった。このように、インターネット登場後の情報通信産業は、ネットワークのオープン性に起因した水平分離が進展し、様々な形での新規参入が可能となり、多種多様で複雑なものとなっていった。

他方、携帯電話においては、3Gが商用開始した頃である。我が国においては、2Gの時代に既に形成されていたキャリア主導型のエコシステムの下、iモード等に代表されるように、ポータルサービスや課金・認証等(プラットフォーム機能)とアプリケーション・コンテンツを垂直統合したビジネスモデルが育った。3Gでは、電子商取引やコンテンツ配信では、基本的に全ての機能(サイトへのアクセス、商品やコンテンツの購入・決済等)が通信事業者経由で行うことができた。携帯電話のプラットフォーム上で取引されるコンテンツ等の売上の一部は、コンテンツプロバイダーから携帯電話事業者に支払われ、携帯電話事業者にとって重要な収入源となった。端末(フィーチャーフォン)については、携帯電話事業者が多数のベンダーと連携して、製品企画から関与しながら独自開発を行うことで、機能面でもビジネス面でもサービスと端末は一体であった。端末上で行われる音声・データ通信等の基本サービスのみならず、自社プラットフォーム上で行われる商取引までを商流に取り込んで利益を上げる垂直統合モデルを確立していた。こうした垂直統合型のモデルは、我が国固有のものであったが、上位レイヤーにおける多様なコンテンツ・アプリ開発が促進し、通信回線の高速化とデータ定額制の導入などによってモバイルインターネットが発展し、携帯電話を中心としたICT産業の拡大を加速させた。

イ 2010年代のエコシステム:スマートフォンの普及

4Gでは、ユーザが利用する端末の主流がフィーチャーフォンからスマートフォンへと移行し、インターネットの世界がモバイル通信と融合した。プラットフォーム機能においては、インターネットを経由して、スマートフォン上で様々なアプリへアクセスできるアプリストア等のポータルの他、広告・検索・決済といったインターネット上の基本的な機能やサービスについて、ユーザは携帯電話事業者以外のサービス事業者の提供するサービスへ自由にアクセスすることが容易になった。また、3Gから4Gへの進化に伴い、更なる高速・大容量化が進んだことで、ワイヤレスでも固定通信と遜色ないデータ通信が可能となり、クラウドの普及によりサービスの可用性が一気に高まった。端末については、標準化等によるサービスとの分離により、我が国の垂直統合型モデルのオープン化が進み、海外から様々なベンダーが参入し、ユーザは端末も自由に選べるようになった。

エコシステム全体としては、固定通信における水平分離型モデルが、モバイル分野においても本格的に展開していった(図表1-4-2-1)。プラットフォームやアプリケーションレイヤーにおいては、検索サービスのGoogle、SNSのFacebook、電子商取引のAmazonのように、米国の大手インターネット事業者が、モバイル分野においても産業の拡大を牽引するとともに市場を席巻していった。その中でも、AppleはiPhoneの投入によりネットワークの上下のレイヤーを垂直に統合したモデルにより独自のポジションを築いた。また、これらの事業者は、技術革新だけでなく、提供するサービスを通してユーザ体験やプラットフォームの価値を高め、モバイル分野において革新的な、新しいビジネスモデルを創出した。こうして、世界規模で拡大するスマートフォンのユーザ向けに様々なサービスや機能を提供するデジタル・プラットフォーマーの影響力が増大した。モバイル分野における覇権は大きく変化し、こうした事業者が市場を独占するようになった。

図表1-4-2-1 我が国のモバイル産業におけるエコシステムの変遷

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」

他方、これらデジタル・プラットフォーマーの登場により、携帯電話事業者が独自に開発したプラットフォームは急速に集客力を失うとともに、収益機会が低減した。スマートフォンの登場は、当時飽和を迎えつつあった移動体通信市場に新たな回線需要をもたらし、音声通話からデータ通信へのシフトを決定的なものにしたものの、携帯電話事業者は、爆発的に増えるトラヒックに対応するための高速化・大容量化に多額の設備投資を行うこととなった。また、端末レイヤーにおいては、海外勢の参入による熾烈な競争が加速し、国内市場における我が国ベンダーの競争力は低下した。

ウ 2020年〜5G時代

それでは、5G時代においては、どのようなエコシステムの姿になるであろうか。ここでは、3つの論点・トレンドに着目してみる。

(ア)水平分離か垂直統合か

前述したとおり、これまではインターネットの潮流により、モバイル産業も含めて水平分離が進展してきた。新たに始まる5Gでは、「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」という性能面での飛躍的な向上により、ネットワークレイヤーが進化するとともに、4Gでは実現できない事業領域へのサービス展開が期待されている。この実現にあたっては、従来の水平分離モデルの更なる発展と、新たな垂直統合型モデルの登場による併存状態になることが予想される。水平分離モデルにおいては、BtoC分野を中心にGAFA・BATなどのいわゆるデジタル・プラットフォーマーが当面主導するであろう。今後はこれらの事業者が、通信事業の枠を越えて非「ICT」事業者と連携する等で、事業領域を、モビリティ・ヘルスケア・金融等といった通信事業の外へと拡大し、当該領域においてワンストップ型のサービスを提供するような垂直統合的な展開も想定される。

他方、上位レイヤーにおいては、新たな水平分離も予想される。例えば、近年では、多種多様なアプリ群(メッセージング、SNS、決済、送金、タクシー配車、飛行機・ホテル予約、電子商取引など)を一貫したユーザ体験のもとで統合された一つのアプリ(「スーパーアプリ19」等と呼ばれる)として提供される動きもみられる。こうした特定の領域内で統合化が起きることで、更なる階層化が出現することも予想される。また、通信ネットワークの使い方が多様になる5G時代においては、5Gネットワークで本格化する見込みであるネットワーク・スライシング技術を用いて、例えば、高精細映像配信を行う超高速・大容量が求められるネットワーク、自動運転等を実現するリアルタイムかつ高信頼なネットワーク、IoTセンサーを用いて少量のデータ通信や遅延があって許容できるネットワークといったように、特定の分野やユースケースに応じた仮想的なネットワークサービスの提供が進む。こうした提供形態を一種のプラットフォーム化と捉えるならば、水平分離の一層の進展とみることができる。さらには、AIやブロックチェーン等の新たな概念の技術、エッジコンピューティングに基づくネットワークアーキテクチャが進展することで新たなレイヤーの登場と水平分離も想定される。

垂直統合型モデルにおいては、ローカル5G(第2章第4節参照)に代表されるように、企業等ユーザ自らが5Gの無線ネットワークの構築ができるようになることで、アプリケーションからネットワークまで一貫した設計が可能になる。こうしたネットワークのプライベート利用が進むとともに、広く普及しているアプリケーションやプラットフォーム機能やインターフェース(API等)、クラウド等のネットワークリソースを組み合わせることで、独自のサービスモデルを展開することができる。特に、BtoB分野においては、特定の分野や業務、空間等に特化した、垂直統合型モデルが発展していくものと考えられる。

(イ)デジタルとリアル

5Gが有する、①超高速・大容量通信、②超信頼・低遅延通信、③多数同時接続という3つの特長は、AIやIoTの生活・産業への実装を加速させていくことが予想される。それとともにICT産業による技術覇権の主戦場は、デジタル空間から今後デジタル・トランスフォーメーションが浸透するリアル・サービスへシフトしていくことが予想される。

これまでBtoC分野において、SNSやクラウドサービス、スマートフォン製造といった分野に注力してきたGAFAは、この間集積してきたデータ解析やAIといった技術を起点に、前述したとおり「非ICT」事業者との連携等を含め、リアルの世界へのサービス展開を模索するだろう20。すなわち、デジタル化により、消費者の生活圏を含めリアルな空間や動線での行動や嗜好から新たな価値を創造し、そこで得られるデータを起点としたビジネスをさらに拡大していくことが考えられる。その場合、インターネットの広大なデジタル空間を席巻してきたデジタル・プラットフォーマーに限らず、特定の空間や時間において事業を見出す多様なサービス事業者の参入が進む可能性がある。例えば、xRのような仮想空間技術(空間拡張技術)と、リアルタイム性を実現する5Gやエッジコンピューティングを組み合わせ、ユーザの時間・場所・機会等に応じて柔軟にサービスを提供することで、デジタルとリアル空間が融合する領域で新たな価値を生みだす取組も増えるであろう。

一方、BtoB分野においては、リアル・サービス事業者がデジタル・トランスフォーメーションを推進することにより、デジタル・サービスを取り込んで事業を深化させていく展開も予想される。具体的には、ローカル5Gを活用したスマート工場やスマートプラントなどでは、大量の産業データと処理を扱う、いわゆる産業用IoTプラットフォーム21が更に普及していくだろう。建機、工作機械、ロボットなど産業分野に中核事業を有する大手事業者は、今後、IoTプラットフォームの機能を活かして、データを活用した企業向けサービスを展開していくことが予想される。また、より広範な社会システムとしての実装が期待される自動運転や船舶・港湾・物流等のスマート化においても、大手自動車メーカーや海運サービス事業者などが、IoTプラットフォームやそこから得られる社会データを取り込み、既存事業を次のステップに深化させていくものと推察される。

(ウ)多様なプラットフォーマーの出現

GAFAに代表されるように、これまでは、巨大なデジタル・プラットフォーマーが自らのクラウドにユーザ情報等を収集して分析することによって優越的な地位を確立し、ICT産業内の他レイヤーの事業者に対して支配的影響力を及ぼしてきた。これにより、サービスや事業体としての公共性が増し、より社会的責任を有するようになったことで、国内外ではこうした巨大デジタル・プラットフォーマーに対して、取引条件の開示や運営状況の報告などを求めるなど、市場独占等に対する規制措置に関する議論が進められている。そのため、今後関連市場における競争の在り方やエコシステムの姿が変わっていくシナリオも想定される。

一方で、デジタル化の進展により、プラットフォームビジネスは増えていくものと予想される。例えば、5G時代では、IoT化の更なる普及とエッジコンピューティングの進展により、用途によってはクラウドネットワークまでデータを伝送せずに、局舎や端末等の「エッジ」でデータ処理を行い、その結果をフィードバックする仕組みが普及すると予想される。また、システムベンダーやサービス事業者等が、レイヤーを垂直統合的に縦断して、当該領域の大量のデジタルデータを集約し、分析・制御等機能をサービスとして提供することも想定される。さらに、ユーザ企業の中でも、世界的な大手製造事業者などが、自社のデジタル・トランスフォーメーションを進めつつ、他社へサービス提供(横展開)することで、当該分野におけるプラットフォーマーとしてICT産業全体に影響力を及ぼす可能性がある。

このように、ユーザ企業におけるデジタル・トランスフォーメーションの進展に伴い、ICT産業の一部をユーザ企業が自ら取り込んでいくことも想定される。5G時代においては、エッジコンピューティングやIoTの進展により、ユーザ企業を含む産業全体のデジタル・トランスフォーメーションの深化によって、多様なレイヤーにおいてプラットフォーマーが出現し、ICT産業におけるエコシステムの多様化が進むものと推察される(図表1-4-2-2)。そのため、革新的なサービスを引っ提げてGAFAに次ぐ新たな事業者が台頭することも予想される。特に、デジタル化の革命においては、新たなイノベーションの創出と状況への素早い対応を実現できる新興企業の役割も重要となろう。

図表1-4-2-2 多様なプラットフォーマーの出現とエコシステムの多様化

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(出典)総務省(2020)「第五世代移動通信システムのもたらす経済及び社会の変革に関する調査研究」


19 中国のWeChatやAlipay、シンガポールのGrab、インドネシアのGojekなどが代表例である。

20 Amazonが提供するAmazon Goはその典型例である。詳しくはコラム5を参照のこと。

21 一般的に、産業用IoTプラットフォームは、①データの集積/蓄積、②データの解析、③ソフトウェア開発環境/アプリケーション・ストア、④IoTプラットフォームとの連携によるデータの相互利用といった4つの機能から構成される。

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